2009年10月16日、生後2ヶ月の赤ちゃんが頭蓋骨内で出血を起こし死亡しました。
この疾患はビタミンKのシロップを飲むだけで簡単に防ぐことができたはずでした。しかし彼女が与えられたのは「レメディ」と呼ばれる単なる砂糖玉。
サミュエル・ハーネマン(Samuel Hahnemann) |
ホメオパシーは18世紀ドイツの内科医であったサミュエル・ハーネマンによって考えだされた医学理論で、その主な原理は同種治療と呼ばれるものです。
簡単にまとめると「疾患はその原因となる物質を薄めたものを摂取することで治る」といった考え方と言えます。
例えばコーヒー豆から抽出した物質を水で100倍に希釈する作業を30回繰り返し(すなわち100の30乗倍、10の60乗倍に希釈し)それを乳糖の塊に染み込ませた「レメディ」というものが不眠治療に効果的であると主張しているようです。
最もよく使われる30倍希釈のレメディ (from SOAP.com) |
さて、このレメディ、原料物質を10の60乗倍と高度に希釈しているわけですが、計算してみると元々その物質に含まれていた成分は1分子も含まれていない可能性が非常に高いということが分かります。
(ちなみに今あなたが蛇口をひねってコップ1杯の水を入れるとその中には数千年にクレオパトラが飲んだワインの中に入っていた水分子が10個は含まれている計算になります)
計算してみると元々の成分に含まれる分子を1つ摂取するためには10の41乗個のレメディを飲まなければなりません。
…全然実感がわきませんね。
分かりにくいので身近なものに例えてみましょう。元の物質に含まれている分子、それもその内のたったひとつを摂取するには、体積にして地球の10億倍もの量のレメディを飲まなければならないのです。
しかしこれに対してホメオパス(ホメオパシーを実践する人たちの呼称)は次のように反論しています。
「ホメオパシーの治療効果の源泉は水の記憶能力である」
水の記憶能力。水分子の形状のことを指しているのでしょうか。水の形状を保っている「ファン・デル・ワールス力」は10のマイナス13乗秒しか保持されません。もう、ほんとに、ほんの一瞬です。一体これでどうやって水は記憶を保っているというのでしょうか。
このように科学的に考えればホメオパシーに効果がないのはお分かり頂けると思います。
しかし、もしかするとホメオパシーは今の科学では理解できないかもしれない、超科学的なものかもしれません。
元々の成分が1分子も含まれていなくても、水の記憶なんて全く残っていなくても、我々の想像にもつかないような魔法のような力によって患者さんを治しているのかもしれません。
科学を過信するばかり自らの首を締める、人間はこのような不幸な歴史を繰り返してきました。ここでちょっと横道にそれて、科学を過信したばかりに起こってしまった悲劇の一例を日本の近代史からご紹介しましょう。
森鴎外 脚気細菌説を唱えた。 (from 日本近代文学館) |
舞姫、ヴァヰタ・セクスアリスなどの作家として有名な森鴎外ですが、同時に東京帝国大学医学部に11歳で入学し、ドイツに留学し当時の最先端技術を学び、後に軍医のトップに立ったというエリート中のエリートでした。
当時陸軍では脚気が問題になっており、鴎外はその脚気の原因として最新のドイツ医学に則り細菌説を唱えました。
それに対して当時海軍で勤務しており後に東京慈恵会医科大学の前身となる成医会講習会を設立した高木兼寛は玄米などに含まれるビタミンB1の欠乏が原因だと主張します。
高木兼寛 脚気ビタミンB1欠乏説を唱えた。 |
結局陸軍は鴎外の主張する当時の最新医学であるドイツ医学に従い、兵士に白米食を支給しましたが、皆さんご存知の通り脚気の原因はビタミンB1の欠乏であり、日露戦争中戦闘で死亡した兵士の数は47,000人だったのに対して、脚気になった兵士は211,600人、そしてその内27,800人が死亡するという、後に「人類が経験したなかで最も背筋が凍るような光景であった」と形容されるほどの大惨事となったのでした。
このように科学は決して万能ではないのです。
「第1回:ホメオパシーは再び患者を殺す」その2を読む。
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