(図1)曲をど忘れして作曲しちゃったのだめさん ©二ノ宮知子 2004 |
クラシック入門第2回はマンガ「のだめカンタービレ」で一躍有名になったイゴーリ・ストラヴィンスキー作曲「ペトルーシュカからの3楽章」を紹介します。マンガではマラドーナコンクール本選に出場したのだめが、演奏中にNHK「きょうの料理」のオープニングテーマを思い出してしまい曲をど忘れしていましたね(図1)。
あののだめですらど忘れしてしまったペトルーシュカとは一体どのような曲なのでしょうか。早速「ペトルーシュカからの3楽章」から第1楽章「第1場より『ロシアの踊り』」を聴いてみましょう。
いやはや、目でも耳でも凄まじさが伝わってきますね。こんな凄い曲の楽譜は一体どうなっているのでしょうか。ちょっと見てみましょう。
(図2)まさかの3段譜 |
うわぁ…(絶句)
弾くものの出鼻をしょっぱなからくじく、まさかの3段譜(図2)、それもその筈、ペトルーシュカは元々はバレエのBGMとして作曲されたオーケストラ音楽、オーケストラの豊かな響きを再現するためには一般的に用いられる2段の楽譜では不十分だったのですね。
ペトルーシュカは最初から最後までほとんどが3段譜、そしてところどころ4段譜まで登場するという鬼畜仕様で弾くもののやる気をことごとく萎えさせます。更にはピアノでオーケストラの音色を引き出すために、人間の解剖学的な限界に迫る、文字通り「超人的」な技術を必要とします。練習中に手が攣る、爪が割れる、脱臼するということがあっても何ら不思議ではありません。
ところで、この楽譜にも登場する3段譜、世界で初めて使ったのは前回ご紹介した世界一迷惑な作曲家フランツ・リストです。
(図3)フランツ・リスト作曲 超絶技巧練習曲第4番「マゼッパ」 あえてとても弾きにくい指使いが指定されているが 「この方が演奏している姿がカッコイイから変更するな」との指示。ウザすぎる。 |
ちなみに彼はこの3段譜(図3)の他にも「なんとなくそっちの方がカッコイイから☆」というアホみたいな理由で、楽譜を見ながら演奏することが常識であった当時に、すべての曲を覚えて演奏するという現在のリサイタルの形式を確立し、その後百数十年に渡り、冒頭ののだめのように暗譜を忘れてしまうのではないかという恐怖をピアニストたちに与え続けたのでした。なんて迷惑な奴だ
第1楽章「第1場より『ロシアの踊り』」
魔術師によって命を吹き込まれた3体の藁人形、ペトルーシュカ、バレリーナ、荒くれ者のムーア人が、断食期間直前で大勢の人たちで賑わう市場の真ん中で踊りだす。冒頭で紹介したのはこの曲です。突然人形が投げ込まれ驚いている人達の前でペトルーシュカたちが激しいロシア風の踊りを踊っている様子が描かれています。曲中の特徴的なリズムは人形たちの踊りのぎこちなさを連想させます。
第2楽章「第2場より『ペトルーシュカの部屋』」
魔術師によって暗い牢獄の中に蹴飛ばされ閉じ込められてしまったペトルーシュカ。人形であるはずの自分には決して持てなかったはずの魔術師に対する怒りという感情、そして美しいバレリーナへの恋心、ペトルーシュカは人形としての自分と人間としての心の乖離に苦しむ。ついにバレリーナに恋心を告げるペトルーシュカ、しかしバレリーナは荒くれ者のムーア人といちゃつき始め、ペトルーシュカは失意に暮れる。第1楽章とはうってかわって、人間の心を持ってしまったペトルーシュカの心の葛藤が描かれています。中盤部に現れる不安定な旋律はペトルーシュカの不安な心を表しています。この後、ピアノ版には含まれていないのですが、原曲のオーケストラ版では荒くれ者のムーア人に挑んだペトルーシュカが、圧倒的な力の差の前に命からがら逃げ出すというシーンが含まれます。
第3楽章「第3場より『謝肉祭』」
謝肉祭に湧く市場、乳母や農夫、行商人やジプシーの娘たちが様々な踊りを披露している。そこに突然の叫び声。刃物を持った荒くれ者のムーア人に追われながらペトルーシュカが市場に駆け込んでくる。荒くれ者のムーア人から逃れようとするペトルーシュカ、しかしついに追いつかれて惨殺されてしまう。そして市場には凍りついた人々が残される。楽しそうに謝肉祭を過ごす人々の幸福感と、人形としての自分と人間の心を持ってしまった自分との葛藤に苦しむペトルーシュカの哀れな末路が対比されている、悲しくも非常に美しい曲です。
ペトルーシュカはストラヴィンスキーの最高傑作とも言われており、特に第2楽章「ペトルーシュカの部屋」での心の葛藤の描写は聴いていると涙が出てきそうです。すんすん。
(図4)イゴーリ・ストラヴィンスキー あなたの知っているあの人に似ていますね |
ストラヴィンスキーは、グスタフ・マーラー、リヒャルト・シュトラウスに代表される後期ロマン派、モーリス・ラヴェル、クロード・ドビュッシーに代表される印象派音楽、つまり一般的に「クラシック音楽」と呼ばれる音楽に引導を渡し、現代音楽の祖になったと考えられています。
クラシック入門第2回、いかがでしたでしょうか。ちょっと詳しすぎたところもあったかもしれませんが、ストーリーが分かるととっつきにくかった曲も楽しんでもらえたのではないでしょうか。
今回のようにしっかりとストーリーがある曲以外でも聴きながら自分なりのストーリーを想像してみるとクラシック音楽がもっと楽しめるようになると思いますよ。
最後に今回紹介した「ペトルーシュカからの3楽章」が収録されているおすすめCDを紹介したいと思います。
演奏者は、第6回ショパン・コンクールで審査員満場一致で優勝し、審査委員長であったアルトゥール・ルービンシュタインに「ここにいる審査員の誰よりも上手い」と言わしめたマウリツィオ・ポリーニです。
本来、今回紹介した「ペトルーシュカからの3楽章」は元々ルービンシュタインに献呈された作品でしたが、ルービンシュタインの勧めに応じてポリーニはデビュー盤でこの曲を録音しました。昔に比べピアニストのレベルが著しく高くなった今でも「彼を超える者はいない」とまで言われる完璧な技術をもって、ひとつの傷もない完璧な演奏をしており、当時から今に至るまで最高の名演と言われています。
ペトルーシュカ以外にも、ストラヴィンスキーと並ぶ20世紀の代表的作曲家セルゲイ・プロコフィエフの代表作ピアノソナタ第七番「戦争」も収録されており、ポリーニ入門、現代音楽入門としてぴったりのCDだと思いますよ。
さて、次回はまたまたのだめカンタービレでお馴染み、モーツァルトオタクの城主を印象派音楽の素晴らしさを認識させるに至った、モーリス・ラヴェル作曲「水の戯れ」を紹介したいと思います。
それでは、すてい・ちゅ〜んど!
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